選択(暁影×結人)


山口 暁影(あきかげ)、何の因果かコイツとは中等部から同クラスで、風紀委員長なんかになる前はただの陸上バカだったはず。そして、黒髪にきっちりと着込んだ制服からも分かるようにコイツは俺、不良の端くれである鹿川 結人(かがわ ゆいと)とは真逆の優等生という奴だった。

また、そんなんだから俺とはまったく関わりあいのない人間、関わりたくもない人間No.1のはず…だが。

「お前の良いところは仲間を大事にする所だな」

息も整わない内に告げられた台詞に結人は反論するようにふんっと鼻を鳴らして応える。

「は…っ、俺の良いところ?…お前、どこに目ぇつけてんだ」

お前は知らないだろうけど、俺は虎野を怪しげな保険医の所に、神楽を立浪の所に、見捨ててきたんだ。
まぁ祥太郎の奴は自主的に残ったのかもしれないが。会長に会いたい、会いたい、煩かったからな。

「それのどこが仲間を大事にするって?」

睨むように暁影を見据えて現実を突き付けてやっても暁影はその涼しい顔を崩しもしなかった。

「それはやっぱりお前が優しいからだろ」

「はぁ?……話になんねぇな」

息も整ってきた結人は頭を振り、背中をつけていた壁から背を離す。
足を踏み出し、目の前に立ちはだかる暁影の右肩を押した。

「退けよ」

抵抗もなく退いた暁影に、この場を去ろうとした結人は右肩を押しやった手を逆にがっちりと掴まれた。

「あ?何してんだよ?離せよ」

自分とそう変わらない長身に目線を合わせ、結人は暁影を睨み付ける。

「お前は優しい。本当に…見捨ててきた友達が、本気で嫌がったり、助けを求めていたりしたらお前は絶対に置いていかなかった。そうだろう?」

「はっ、何言ってんだお前。バカじゃねぇの?…俺のことなんも知らねぇくせに」

ぐっと掴まれた腕を引いても暁影の拘束は解けない。
間近から睨み付けた眼差しを見つめ返される。
自分とは違う真っ直ぐで汚れを知らない凛とした双眸。その目で見られると居心地が悪くなる。
ふぃと結人はその眼差しから逃げるように視線を反らした。

「くそっ、いい加減離せよ!」

舌打ちをして、目の前の現実を、痛みと共に突き付けてやろうかと思って結人は掴まれていない方の拳を握る。
けれども、その拳が振るわれる前に暁影が再び口を開いた。

「知らないかもしれない。けど、俺はお前が優しいことは知ってる」

「はぁ?だからっ−−」

何度も繰り返される言葉に苛立った結人が反らした視線を暁影に戻せば、そこには真剣な眼差しと柔らかな笑みを浮かべた暁影がいた。

「−−っ」

これまでの涼し気な優等生の顔じゃない。見知らぬ一人の男が結人の前に立って、喋っていた。

「お前にとってはほんの些細なことだったんだろう」

お前が言うように俺は周りからみれば陸上バカ以外では優等生なんだろう。そして優等生とは一部の人間から当然の様に妬まれるんだ。

うっすらと弧を描いた唇が何を言いたいのか結人には分からない。それでも暁影の醸し出すいつもとどこか違う雰囲気に圧されて口を開けなかった。

「あれは俺が高校に上がってすぐ。一年の時に実力テストがあっただろ」

あったか、そんなもんと疑問がそのまま表情に出ていた結人に暁影は柔らかく笑う。

「あったんだよ。鹿川はテスト中寝てたけど」

その結果が出て数日後、俺は優等生を妬む輩に呼び出しを受けた。もちろん無視をしたけど。優等生は無視をしないとでも思ったのか。

「お前…意外とイイ性格してるんだな」

暁影の笑みが深まり、結人を見つめる眼差しに仄かに熱が宿る。

「そのせいか翌日から地味に嫌がらせが始まったけど、俺がまったく堪えなかったからか相手はとうとう実力行使に出てきた」

「はぁ!?そんなことあったのか!?」

「まぁ…、鹿川が気にするほどのことじゃない」

もう済んだことだしと、続けた暁影に結人はもしかして…と呟くように言った。

「俺がそれを知らずに偶然助けたとか…?記憶にねぇけど」

確か仲間の堂島と後輩の柚木はそんな縁で付き合いが始まったはず。まさか、自分も?と暁影を見返した結人に暁影は首を横に振った。

「それは俺がきちんと灸を据えて帰って貰った」

「っ、じゃぁ何だって言うんだよ!さっさと言え!」

勝手にした勘違いに頬が熱くなる。

「その帰り道で偶然、鹿川がここに居るのを見つけたんだ」

ここ、と今居る校舎裏を示されて結人は黙ったまま先を促す。

「最初、鹿川を見つけた時、鹿川は地面に膝をついて身を丸めてたから具合でも悪くなったのかと思って声をかけようとしたんだ」

「………」

高校一年の始め頃、校舎裏で膝をついて身を丸めてた。
そのフレーズに思いあたることがあり、結人は嫌な予感を覚えて顔を引き吊らせた。

なおも暁影の話は続く。

「そうしたら鹿川の手の中に子猫がいるのが見えて…」

結人の脳裏に、みぃ、みぃと弱々しく鳴く子猫の鳴き声が甦る。
その子猫は親とはぐれて学園の中に迷いこんだ子猫だった。

『どうした、お前?どっから来たんだ?親猫はいねぇのか?』

結人が校舎裏で見つけた時、子猫はボロボロで痩せ細っていた。
それでも警戒心が強い子猫は結人が差し伸べた手を引っ掻き、噛み付いてきた。

『−っ!?い…てぇ、な…!そんな警戒しなくても、俺はお前の敵じゃねぇよ』

「そう言って、手に傷をつけられながらお前は子猫を大切そうに両手で抱き上げていた」

暁影の言葉に過去から今へと意識が引き戻され、結人の目元がうっすらと赤く色付く。
子猫はその後、面倒見の良い神楽に預けていた。

「チッ…余計なとこ見てんじゃねぇよ」

「何でだ?その横顔が酷く優しげで、俺にも向けてくれないかと思ったんだが」

「はぁあ?」

きょとんとした後、結人は理解不能な顔をして暁影を見つめ返す。
そんな出来の悪い子を愛しそうに見つめ、暁影はゆっくりと囁くように告げた。

「だから…俺はあの時、お前に一目惚れしたんだ」

「………」

「鹿川?聞いてるか?」

「………はっ、ぁああ!?」

目を見開き、結人は信じられないものを見る目で暁影を凝視する。

「バカじゃねぇのお前!ありえねぇだろ?お前が、俺に、…惚れた?なにバカなこと言ってんだ」

ははっ、と頬を引き吊らせて笑う結人に暁影こそ不思議でならないという顔をした。

「それこそ何でだ?俺がお前を好きになったらいけないのか?」

「いけねぇも何も…お前、俺のこと嫌いだろ?俺と違ってお前は優等生で、風紀委員長だ。そんな清廉潔白そうな奴が俺のことを好きだ?冗談は止めてくれ」

ふんと鼻を鳴らし、結人は掴まれた腕を引っ張る。だがしかし、またも逆に引っ張られ、結人は暁影に抱き締められた。

「は…?おい、ちょ−−っ」

文句を言う為に開けた唇に柔らかな感触が重なる。近すぎて焦点の合わなくなった視界に、熱っぽい艶やかな黒い瞳が映った。

「ん…っ…!?」

触れて、離れて、角度を変えて、するりと口内に暁影の舌が忍び入ってくる。奥へと逃げた舌を追って絡めとられる。
到底初心者とは思えない手管に、やわやわと舌を擦り合わせられ絡められ、吸われる。粘膜の弱い口内をまさぐられ、そっと歯列をなぞられる。

「…んぁ…はっ、や…めっ…」

ぞくぞくと背筋を這い上るえもいわれぬ感覚に結人は息を弾ませ、頬を赤く染める。茶色い瞳には薄く膜が張っていく。

「…鹿川」

ゆらりと揺れた茶色の双眸に、暁影はリップ音を残して結人から離れた。

「これでも信じてもらえないか?」

俺はお前が思っているような優等生じゃない。
風紀に入ったのも下心があったからだ。
暁影は結人に訥々と想いを語る。

「委員長になったのは誤算だったけど、風紀になれば少しはお前と接点が出来るだろ?」

ただのクラスメートでは鹿川に近付けない。興味も持ってもらえないだろう。
その点、風紀なら嫌でも鹿川の視界に入ることができる。意識もしてもらえる。
そう考えて暁影は陸上部を辞めて風紀に入った。

優等生だと思っていた暁影の暴挙に混乱し、俯いた結人は耳を疑うような暁影の言葉の数々に思わず顔を上げる。

「ばっ…か、じゃねぇの!俺に近付くって…そんな。お前、本当はバカだろ!」

「しょうがないだろ。それだけお前に惚れてるんだから」

「っ…」

「さっきはラッキーだと思ったよ。お前は堂島達とつるんで中々一人になってくれなかったから」

にこりと笑う暁影のどこが優等生なんだ。結人はやっと自分の思い違いに気付いた。けれども、もはや遅すぎた。
結人は暁影の腕の中から解放されたとはいえ、結人の背後は壁。目の前には暁影。両脇には暁影の手が結人を囲うように壁に置かれている。

「鹿川、俺はお前が好きだ」

「…………」

「お前を飽きさせないぐらいキスだって、エッチだって勉強してきた。だから−−俺と付き合ってくれないか?」

真剣な声で囁かれ、熱っぽい眼差しで見つめられる。キスの余韻が残る身体がぞくりと震えた。

「っ……、いやだ」

「どうしてだ?」

「…俺、お前のこと知らねぇし…」

「それは付き合っていくうちにお互い知ることだろう?何の問題もない」

「それに俺、別にお前のこと好きじゃねぇし…」

「でも、俺とのキスは嫌じゃなかっただろ?」

「う…っ、まぁ…お前、上手かったし…」

「嫌じゃないならお試しでもいい、付き合ってみないか?鹿川に損はさせない。大切にする」

「………か、考えさせてくれ」



頭の良さとその努力を変な方向へ拗らせてしまった暁影と、不良らしくない心の優しさを見せてしまったせいで捕まりかけている結人の、二人の始まりは今日からかも知れない…。



end.


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